イアンソープの人気に陰りは見えない

イアンソープの人気は現役後でも衰える事がない。引退から2年を超えるイアンソープだが、特に日本ではドラマやアニメへの出演の効果もあってイアンソープ人気が衰えないのだ。もともとオーストラリア生まれのイアンソープは幼くして頭角を現し、末はオリンピックでイアンソープワンマンショーとも呼べる活躍を見せた。なかなか人懐っこい性格でもあり、水泳以外でもオーストラリア親善大使を務めたり、ヤクルトの商品企画会議に殴りこみをかけて自身のニックネーム商品化をおこなったりと活躍の場も広い。どういうわけかタレントの優香と親友という、変なガイジンの最右翼がイアンソープなのだ。イアンソープのようなスターは出るべくして出てくる歴史の必然があるわけだけれど、その最たるものは、国の代表選考で失格したにもかかわらず、1位通過者が辞退してオリンピック出場を果たしたエピソードでも証明されている。長島さんもタジタジのイアンソープの影響力なのだ。

イアンソープはちょっと大きめの赤ちゃんだった

イアンソープについて、あまり知られていない事を少し書こう。水泳で金メダルブラブラ状態を作ったイアンソープは、1982年10月13日生まれ。体重は4.1キロで身長は59センチ。少し大きな赤ちゃんだったけれど、イアンソープの水泳での後の偉業を考えると平凡な赤ちゃんだったわけ。ただし、イアンソープの家系は、やはりスポーツ一家。水泳ではないけれど、父のKenは地域を代表するようなクリケット少年として育った。クリケットはイアンソープ一家のみならずオーストラリア中の注目スポーツ。そこで地区を代表する選手だったイアンソープの父は、後にオーストラリアのキャプテンとなるライバルを打率で上回る好成績をたたき出す。ただしイアンソープの父は故障から26歳にして引退に追い込まれている。こうした父親の元に生まれ、姉の勧めによって水泳を始めたイアンソープが実績を残すのに時間はあまりかからなかった。ただ、イアンソープが水泳を始めた初期にはアレルギー症に悩み思うように実力を発揮できなかったという。しかしイアンソープは困難の中、ニューサウスウェールズ州の小学校代表チームのキャプテンを務めるまでに成長する。

イアンソープ競泳の圧倒的な強さ

イアンソープ12歳にして地区代表キャプテンという、父と同レベルに立つ事になったわけだけれども、快進撃はむしろそれからだった。翌年、イアンソープはオーストラリア水泳選手権で2個の銅メダルを獲得している。この頃、イアンソープの身長は既に1m80cmを超えていた。続く1996年にはブリスベンの国体で金を5個獲得。年齢別では国内敵なしとなりイアンソープ王国神話が始まる。イアンソープの開花は続き、とうとう14歳と5ヶ月で水泳ナショナルチーム入りを果たす。この頃、イアンソープはジュニアとしてはまさしく敵なしで、年齢別の国体では参加12種目中で金メダルが10個というのだから呆れるしかない強さだった。しかも残りの2種は銅メダル。つまりイアンソープは国体参加全種目でメダルを手中にしたのである。

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